不満を伝えることは大切。でも……
フランスで、デモ活動が暴動に発展し、大変なことになっているようです。
社会に対して不満があるとき、それを声に出して伝えることは大切なことだと思います。
黙って我慢するのではなく、自分たちの思いや要求を伝えること。
それによって、社会がより良い方向へ変わっていくこともあるでしょう。
けれど、たくさんの人が集まると、その場に便乗して暴動を起こす人が現れることもあります。
それがわかっているのに、なぜ人は集まり、時には暴力や破壊へと進んでしまうのでしょうか。
怒りや不満が大きくなり、冷静に考えることが難しくなってしまうのでしょうか。
それとも、大勢の中にいることで、一人ではできないことまでできるような気持ちになってしまうのでしょうか。
人の心の中には、いろいろな感情があるのだと思います。
破壊の先に、何が残るのだろう?
建物を壊し、店を荒らし、街のものを破壊する。
そのときは怒りを表現できたとしても、壊されたものを元に戻すには、多くのお金と時間が必要になります。
公共の施設などが壊されれば、その修復には税金が使われることもあるでしょう。
そうなれば、結局は社会全体でその負担を背負うことになります。
そこに暮らす人々や、何の関係もない人たちまで困ることになるのです。
不満を訴えるために行動したはずなのに、その行動によって、別の誰かが苦しむことになってしまう。
これでは、いったい何のための行動だったのだろうと思ってしまいます。
破壊によって失われたものを取り戻すには、また新たな力が必要です。
戦争も同じではないでしょうか。
争いによって建物や暮らしが壊され、人の命が失われ、残された人々は深い悲しみを抱えながら、長い時間をかけて復興していかなければなりません。
破壊の先に、いったい何が残るのでしょう。
私は、破壊ではなく、何かを生み出すために力を使ってほしいと思います。
日本でも、同じことは起こるのだろうか?
では、日本ではどうでしょうか。
このような暴動は、日本では起こらないと言い切れるのでしょうか。
社会への不満や将来への不安は、どこの国にもあると思います。
日本だって例外ではありません。
だからこそ、遠い国の出来事として眺めるだけではなく、私たち自身の問題として考えてみることも大切なのではないでしょうか。
もし、不満や怒りが大きくなったとき、私たちはどのように行動すればよいのでしょう。
暴力に頼らず、自分の思いを伝えるには、どうすればよいのでしょう。
そして、社会がその声をきちんと受け止めるためには、何が必要なのでしょう。
一人ひとりが考えていく必要があると思います。
お互いを思いやり、尊重すること
私が大切だと思うのは、お互いを思いやる気持ちを育てること。
そして、お互いを尊重する気持ちを育てることです。
自分が大切にされたいと思うように、相手も大切にされたいと思っている。
自分の意見を聞いてほしいと思うように、相手にも聞いてほしい意見がある。
自分の生活を守りたいと思うように、相手にも守りたい暮らしがある。
そう考えることができたら、目の前の相手を、ただ自分の要求を妨げる存在として見ることは少なくなるのではないでしょうか。
もちろん、考え方が違えば、意見がぶつかることもあります。
どうしても譲れないことだってあるでしょう。
それでも、自分の思いだけを押し通すのではなく、相手の立場にも立って考えてみる。
自分と相手を切り離して考えるのではなく、同じ社会で生きる人間同士として考えてみる。
そうすることで、対立するだけではなく、お互いが納得できる解決策を探す道が開けるのではないかと思います。
人間には「言葉」という道具がある
私たち人間には、言葉があります。
自分の気持ちを伝え、相手の考えを聞き、違いを理解し、話し合うことができる。
せっかくそんな素晴らしい道具を持っているのですから、もっと存分に使っていきたいものです。
怒りをぶつける前に、言葉にして伝えてみる。
相手を否定する前に、どうしてそう考えるのか聞いてみる。
意見が違うからといって、相手を敵にするのではなく、どうしたら一緒に解決できるのかを考えてみる。
それは簡単なことではないかもしれません。
けれど、話し合うことを諦めてしまったら、理解し合える可能性まで失ってしまいます。
そして、言葉を使って話し合うためには、自分の感情を知り、相手の気持ちを想像し、違いを受け入れる力も必要なのだと思います。
あらためて考える「教育」の大切さ
今回の出来事を考えながら、私はあらためて、教育の大切さを感じました。
教育というと、知識を身につけたり、勉強ができるようになったりすることを思い浮かべるかもしれません。
もちろん、それも大切なことです。
でも、それだけではないと思うのです。
自分は何を感じ、何を考え、どう行動するのか。
相手は自分とは違う考えを持つ、一人の人間なのだということ。
怒りや不満を感じたとき、それをどう表現すればよいのか。
自分の行動が、周りの人や社会にどのような影響を与えるのか。
そうしたことを学び、自分自身を知り、人と共に生きる力を育てていくことも、教育の大切な役割なのではないでしょうか。
人間は、ただ知識を持っているだけでは、豊かに生きられるとは限りません。
自分を知り、他者を理解し、互いを尊重しながら生きていく。
そのために学ぶことこそ、人間が人間らしく生きるための、大切な土台になるのだと思います。
もちろん、教育だけですべての問題が解決するわけではありません。
社会の仕組みや、声を上げた人たちの訴えに耳を傾ける姿勢も必要です。
それでも、一人ひとりの心の中に、思いやりや尊重の気持ちを育てていくことは、平和な社会をつくるための大切な一歩になるのではないでしょうか。
破壊することではなく、つくり出すこと。
憎しみを広げることではなく、理解し合うこと。
力で相手をねじ伏せることではなく、言葉で解決策を探すこと。
そんな選択ができる人が一人、また一人と増えていったら、世界は少しずつ変わっていくかもしれません。
誰もが、自分と同じように大切な存在なのだと考えられる社会。
そんな社会をつくるために、まずは自分の身近な人を思いやることから始めていきたいと思います。
皆さんは、どう思われますか?

