「音楽音痴な私と山口百恵 — 親の愛と信念に気づくとき」
小学生の頃、一番聴いていたのは「山口百恵」の歌でした。
音楽は苦手で、楽器もさっぱり。せっかく巨大なエレクトーンを買ってもらったのに、全く練習できなくて、習い事の中でもこれだけは全然楽しくなかったのです。
当時通っていた教室には、絶対音感を持つ子がたくさんいて、先生が弾く音をみんなが声をそろえて「ド」「ファ」と答えるのを聞きながら、私はまったく理解できませんでした。和音なんてなおさらチンプンカンプン。絶望的な状況の中、グループ発表会をなんとか一度だけこなしたのを最後に、「もうやめたい」と親に告げました。
期待に応えられなかったことを申し訳なく思ったのを、今でも覚えています。
母は全くの音痴で、歌うのが大嫌いでした。そんな血をしっかり引いているのか、私も楽器も歌もダメ。それでも大好きだったのが、山口百恵の歌でした。
当時、「赤いシリーズ」というドラマがずっと彼女を主役にして続いていて、そのドラマの影響が大きかったのだと思います。
三浦友和との結婚を知った時は、子どもながらに「やっぱり!」と心底ホッとしました。そうでなくてはならない気がしていたのです。
さらに、私の住む片田舎にまで「お別れコンサート」がやってきて、親に泣きついて行かせてもらいました。最後の著書『蒼い時』も買ってもらい、それは今でも宝物です。
思い返すと、あれほど強く心惹かれた芸能人は、彼女以外いません。
芸能界をスパッと辞めて、二度と復帰していない生き方もまた素敵。頑固とも言えるけれど、信念を持って生きている人。私にとって特別な存在です。
あの頃、裕福でもないのに高額なエレクトーンを買ってくれたり、いくつも習い事に通わせてくれたりと、子どもの将来の可能性を広げようとしてくれた両親。その有り難みは、時間が経つほどじわじわと心に響いてきます。
だからこそ今は、子どもに対しても「しっかり見守る」ことを心に決めています。たくさんの人の影響を受けながら、幸せな人生を歩んでほしい。
そして私は、百恵ちゃんのように、地に足をつけて「いつでも帰れる場所」になりたいと思うのです。
